金沢地方裁判所 昭和35年(レ)49号 判決 1961年7月14日
控訴人 中田三郎
右訴訟代理人弁護士 普森友吉
被控訴人 桶谷三松
同 岩本勝則
右両名訴訟代理人弁護士 手取屋三千夫
主文
原判決を取り消す。
控訴人に対し、被控訴人桶谷は金三万八千百六十円、被控訴人岩本は金一万四千八百十五円及び右各金員に対する昭和三十三年四月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
この判決は被控訴人桶谷のため金一万円、被控訴人岩本のため金四千円の担保を供するときは、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
まず控訴人主張の貸金債権の存否について案ずるに、成立に争のない甲第一、二号証の各一、二、当審証人前野正一の証言並びに当審及び原審における控訴人本人の尋問の結果(原審の分は第一、二回共)を総合すれば、控訴人は、昭和三十二年十二月より昭和三十三年四月までの間被控訴人等を雇傭し、漁船第三慈久丸(十七・一トン)を使用して山口県方面に出漁したが、その際、控訴人が被控訴人等に前渡し或は他に立替えて支払つた金員と被控訴人等に賃金として支給すべき金員とを操業終了後に精算したところ、控訴人に対し、被控訴人桶谷は金三万八千百六十円を、被控訴人岩本は金一万四千八百十五円をそれぞれ支払うべき勘定になつたので、控訴人は、昭和三十三年四月五日、被控訴人両名と交渉の上、右返還債務を借入金債務に改め被控訴人桶谷において右借入金及びこれに対する月一分の割合による金員を昭和三十三年十二月三十一日までに弁済し、又被控訴人岩本において右借入金及びこれに対する日歩三銭五厘の割合による金員を同日までに弁済する旨の契約を締結したが、被控訴人等は今日に至るまで右各金員を支払わないことが認められ、右認定に反する当審及び原審における被控訴人両名の各本人尋問の結果はたやすく措信できず、他には右認定を左右するに足る証拠はない。
そこで、被控訴人等主張の相殺の抗弁について判断するに、労働基準法第二十七条によれば、「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」旨定められ、又同法第十三条によれば、「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による」旨規定されているけれども、出来高払制その他の請負制で雇傭される労働者が右法条により、いわゆる保障給の支払を求め得るためには、当該使用者との間に労働時間に応じて一定額の賃金の支払を受ける旨の契約を締結していることが必要であつて、かような契約のない場合には、たとえ他の使用者に雇傭されている同種の労働者が一定額の保障給を支給されているとしても、その支払を求めることはできないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、当審証人浜田市松、同前野正一の各証言並びに当審及び原審における控訴人(第一、二回共)及び被控訴人両名の各本人尋問の結果によれば、控訴人と被控訴人間における前記雇傭にあたつては、当事者間に総漁獲高より燃料費、船員の食費等の諸経費を控除した残金の四割に相当する金員を被控訴人等を含む船員全員に賃金として支給し右残金の六割に相当する金員を使用者たる控訴人において取得する旨の契約が成立したが、その外には労働時間に応じて一定額の賃金を保障する旨の約定は締結されなかつたことが認められ、右事実によれば、本件は出来高払制で雇傭された場合にあたるけれども、いわゆる保障給の支払については何等契約がなかつたことに帰着するから、たえ被控訴人等主張のように他の使用者に雇傭された被控訴人等と同種の労働者が月額金八千円の保障給を支給されていたとしても、被控訴人等は該保障給を受給する権利を有しないものというべく、従つて、被控訴人等において右権利を有することを前提とする本件相殺の抗弁はその余の点を判断するまでもなく失当である。
されば、被控訴人等は控訴人に対し、それぞれ控訴人の請求のとおりの金員を支払う義務があり、これが支払を求める控訴人の本訴請求はその理由がある。
よつて、これと異なる原判決を取り消して、控訴人の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十三条仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田正武 裁判官 松岡登 花尻尚)